heso academy受講生・彩さんが、病と向き合い見つけた「自分をコントロールする術」と「本当の居場所」
リウマチとピラティスの関係性を紐解いてきた本連載も、今回が最終回となります。第1回ではリウマチの医学的な基礎知識を、第2回では解剖学的な視点からピラティスが運動療法としていかに理想的であるかをお伝えしてきました。
最終回となる今回は、heso pilatesが運営するストットピラティスインストラクター養成「heso academy」の受講生である彩(ひかり)さん(55歳)のリアルなストーリーをお届けします。
彼女は、養成コースの受講直前に「リウマチ」を発症しました。手足の激痛、迫り来る将来への不安、そして過去の病気によるトラウマ。数々の試練を抱えながらも、彼女はなぜ学びを諦めなかったのか。そして、ピラティスを通じてどのように自らの身体と心を取り戻していったのか。彩さんの言葉を一切減らすことなく、その想いのすべてをここに丁寧に整え、皆さまへシェアいたします。
彩さんの自己紹介:絶望の淵からピラティスに出会うまで
まずは簡単に自己紹介をお願いします。現在のお仕事、ピラティスとの出会い、そしてHESOの養成コースに参加された時期について教えてください。
彩(ひかり)55歳です。現在は、マシンピラティス(リフォーマーのみ)の女性専用スタジオで、インストラクター業務や受付などの仕事をしています。
私とピラティスとの出会いは、今から1年半ほど前にマットピラティスを始めたことでした。そのきっかけを遡ると、5年前に主人を亡くしたことにあります。当時、息子はまだ12歳でした。コロナ禍という異例の状況下、主人の闘病生活も含めると約7年間、とにかく辛く苦しい日々が続きました。
主人が亡くなり、息子と二人きりの生活をしていかなければならない中、私もすぐに鬱(うつ)になってしまいました。薬を服用しながらの生活が約3年。心も体もボロボロで、「このままでは本当に体が壊れてしまう」と思い、それまで勤めていた人材育成コンサルタントの仕事を思い切って辞めました。
まずは気分転換をしようと、息子が幼稚園のときに1年間だけやっていたヨガを再びやってみることにしたんです。すると、驚いたことに、始めて半年で5年間も続いていた顎関節症が治りました。ヨガの60分間のクラスの中で、インストラクターの方から「力抜いて〜!口の中も、舌も力を抜いて〜」と言われたとき、ハッとしました。「私はこの5年間、ずっと体中に力が入っていたんだ」と気づかされたのです。そして、「力というのは、自分で入れたり抜いたりするものなのだ!」ということを、人生で初めて知りました。
大好きなヨガを続けていく中で、もう一つ気づいたことがありました。それは「安楽座(あぐらの姿勢)をするとき、膝の角度が鋭角になると痛い!」ということでした。整形外科を受診したものの、医学的には何一つ問題がないと言われ、どうすればいいか困っていました。そんなとき、リハビリの先生から「ピラティスはいいよ!」と勧められたのです。
さっそく、通っていたヨガスタジオにあるマットピラティスのクラスに参加してみました。週に1回のペースで続けていたら、4ヶ月が経つ頃には、あれほど困っていた膝の痛みが「10段階中の10」から「2」にまで減っていたのです。本当にビックリでした。もちろん、途中で「関節の角度」が痛みに関係していることに気づいたので、その角度にしないように自分なりに工夫はしていましたが……(ちなみに、現在はほぼ「0」です)。
「ピラティスって、本当にすごい!」
心底そう思いました。当時は心と体を休めるために仕事もしていなかったので、「とりあえず54歳・未経験でも、受付でもいいから雇ってくれるスタジオを探そう」と動き出しました。それが現在のスタジオです。そこでは社内研修を3ヶ月間受け、スタジオで提供しているエクササイズを覚えてお客様に教える、というインストラクター業務を任されるようになりました。
「ピラティスをもっと知りたい」という純粋な想いから未経験で雇ってもらいましたが、実際に働き始めると、既存のエクササイズを覚えることはできても、それ以上に「もっと深く知りたい」という私の探求心に応えてもらえる環境がそこにはありませんでした。「それなら、自分でお金を払ってでも、外できちんと習おう」と決意したのです。
なぜ、そこまでして学びたかったのか。少しお恥ずかしい話ですが、ピラティスをやればやるほど、私の身体に明らかな変化が現れたからです。先ほどの膝の痛みの解消だけでなく、トイレに行く間隔(頻尿)が変わり、睡眠時間と眠りの深さが劇的に変わりました。さらに、食べても太りにくくなり、ズボンの太もも辺りがすっきりと細くなるなど、挙げればキリがないほど良い変化がありました(笑)。
主人の闘病と死を経験したからこそ、私には強い想いがあります。「痛みや病気になってから病院にお金を使うくらいなら、元気でいられるものに事前にお金を使った方が絶対にいい」という思いです。
ですから、一番は「自分のため」なのです。自分が健康で生きていたい。
実は、私は20代の頃にもある難病にかかり、10年という歳月をかけて寛解(かんかい)させた経験があります。その後も、出産時やその他の場面で、本当にさまざまな病気や不調を経験してきました。だからこそ、誰かに身を委ねるのではなく、「自分の身体の仕組みを自ら理解し、自分でコントロールできる術を知りたい」と強く願っていました。そして、もしその自分の成功体験を、同じように苦しんでいる人にお裾分けすることができたらラッキーだな、というくらいの感覚でインストラクターの養成コースの扉を叩きました。
養成コースへの参加を決めたきっかけ:解剖学へのこだわりと仲間の存在
数ある養成コースの中で、なぜhesoを選んだのでしょうか?申し込む前に不安だったことなども合わせて教えてください。
彩さん:どうせお金を出して学ぶのであれば、中途半端なものではなく、ちゃんとしたものを学ぼうと思い、国際資格を取得できるアカデミーの中から選ぼうと考えました。当時、私が習っていたマットピラティス(グループレッスン)の先生が「STOTT PILATES(ストットピラティス)」の資格をお持ちでした。少し怖いけれど、身体の崩れをちゃんと修正してくれる素晴らしい先生だったこともあり、いくつかの国際的なアカデミーを見学し、説明を受けに行きました。
その中でhesoを選んだ一番の理由は、何と言っても「解剖学コース(Anatomy & Exercise Fundamentals for Movement Professionals:AEF)」の内容でした。テキストをただなぞるのではなく、対面で30時間もの時間をかけてじっくりと解剖学を教えてくれる養成コースは、hesoしかありませんでした。
先ほどもお話しした通り、私は身体の仕組みをちゃんと知って、それを自分のものにしたかったのです。テキストから抜き出されただけの言葉を丸暗記するのではなく、「自分の言葉で説明できるくらい、しっかり知りたい」と思っていました。これも、20代の難病のときの経験値からきています。当時、私はドクターの言葉をただ鵜呑みにして、すべてをドクター任せにするような治療はしませんでした。自分で病態を理解し、納得し、「自分の身体のデータは、自分が一番持っている」という自負が必要だと知っていたからです。何も知らない未経験の私だからこそ、解剖学は必要不可欠でした。そして私は「対面での受講」を強く希望していたため、最終的に候補となった3つの中からhesoを選びました。

もう一つの理由は、「学ぶ場所」としてhesoに惹かれたことです。ピラティスのことをもっと深く知り、日々の疑問を一緒に解消し合えるような「仲間」がほしいとずっと思っていました。しかし、残念ながら現在の私の職場には、そのような話を深くできる人がいませんでした。
hesoの説明会を担当してくれたのがインストラクターのKOさんだったのですが、彼の第一印象や、お話ししてくれた説明の内容、そして何より会話をしているときの感覚を通じて、「この方と仲間になれたら、どんなに素敵だろう……」と思ったのです。先輩であり、これから教えてもらうインストラクターのKOさんを捕まえて「仲間になりたい」だなんて、今思えば少し失礼かもしれませんね(笑)。でも、私は「どんな人と一緒に学び、仲間になりたいか」を最も大切にして判断しました。
KOさんと丁寧にやり取りを重ねていく中で、申し込む前の不安は全く消えていきました。不安どころか、「ついに求めていた仲間を見つけた!」という高揚感で胸がいっぱいでした(笑)。
解剖学コース(AEF )での学びと、リウマチの兆候
実際に解剖学コースが始まってみて、印象に残っていることはありますか?受講前のイメージとのギャップや、驚いたことについて教えてください。
彩さん:解剖学コースが始まる前、何か事前に見ておくと良いものはないかとHESOに質問したところ、専門書である『ボディ・ナビゲーション』という本をお勧めしていただきました。
さっそく購入して本を開いてみたのですが……正直、それを見ただけで息が苦しくなりました。「え?これを分かるようにならないといけないの?」と。開いたページに並ぶ言葉が、まるで外国語にしか見えなかったからです。

それでも、6日間の養成講座の中で、飛び交う専門単語が少しでも「日本語」として耳に聞こえるようにと、筋肉の名前や動作の言い方などは必死に予習をして臨みました。
実際に学んでみると、その6日間は本当についていくのが必死でした。1日1日、今日一体何を説明していたのかを理解するだけで精一杯。コース期間中は、担当のジャクイン先生が出してくれる宿題を自宅で必死にやりながら、復習をすることで毎日が過ぎていきました。「宿題に出る!」「何度も同じ話をするのは、それが重要だからだ!」と自分に言い聞かせ、必死に食らいついていきました。
実は、この解剖学コースがスタートした時点で、私の身体には明らかにリウマチの兆候が現れていました。すでに手足の腫れと激しい痛みがあり、病院で詳しい検査をしてもらい、その結果を待っているという最悪の状況下だったのです。ドクターには「座学(講義)だから」という理由で、なんとか参加の許可を貰っていました。ですから、正直なところ、解剖学の内容が難しくて必死だっただけでなく、「この学びを何としても継続したい」という気持ちの面でも、文字通り必死だったのです。
そんな中、初日にジャクイン先生が言ってくれた一言が、私の身体コントロールの手綱を緩めることなく学びを続けるための、最高のアドバイスになりました。先生はテキストを手に取り、こうおっしゃったのです。
「私は理学療法士になるために、この内容を1年かけて学んだ。それを、あなたたちがこの6日間ですべて理解するのは無理だから、終わった後もずっと復習してね!」
この言葉を聞いて、私は心がふっと軽くなり、「焦らずにやろう!」と決めることができました。「今の6日間で理解できなくても、覚えられなくてもいい。これから先もやり続ければ、いつか必ず分かる時が来る」と思えたのです。
実際の講義内で、今でも深く印象に残っているエピソードがあります。ジャクイン先生に直接質問をしたので、先生も覚えているかもしれませんが、講義の中で「ホメオスタシス(恒常性)」「アロスタシス(動的な適応)」「アロスタティックロード(過剰負荷)」という概念を学んだときのことです。
私は先生に「身体が安定している状態なら、無理に成長しなくても、今の状態を『維持』するだけで十分なのではないですか?」と質問しました。この質問の意図には、私の個人的な身体の状況も含まれていました。痛みが治まって安定しているなら、維持するだけで十分じゃないか、と思っていたからです。
しかし、ジャクイン先生の答えは明確に “NO” でした。
これは復習を重ねた後の、私なりの言葉ですが、人間は常に変化する環境の中で生きています。だからこそ、「ただ今の状態を固守するのではなく、変化していく環境に適応しながら、その都度『安定』を作ることができるように、私たち自身が成長し続けなければならない」ーーそれが、ジャクイン先生の教えでした。そしてインストラクターは、クライアントのその成長を促すためにプログラミングをするのだと、今はそう解釈しています。もし間違っていたら、ジャクイン先生、またいつでも訂正して教えてくださいね(笑)。
私は今、自分の身体も「変化に適応しながら、安定をつくれるように成長させる」というプロセスの真っ只中にいます。現在もリウマチの治療中ですが、ピラティスを休むことなく続けているのは、まさにこの学びを体現しているからなのです。
突然訪れたリウマチの発症:歩けないほどの痛みの中で
リウマチの兆候が現れたとき、そして診断に至るまでの経緯や当時の心境を詳しく教えていただけますか?
彩さん:身体に明らかな異変が現れたのは、解剖学コースが始まるちょうど3週間前のことでした。
最初は、手の指の甲の関節が赤く腫れ上がりました。最初は痛みもなかったので「どこかにぶつけたかな?」くらいに思っていたのですが、気づくと両手の全く同じ関節が腫れているのです。その後、徐々に激しい痛みが出始め、ペットボトルの蓋を開けることすら痛くてできなくなりました。
さらに異変は足にも広がりました。足の母指球(親指の付け根)から小指球(小指の付け根)にかけて全体がパンパンに腫れ上がり、地面を踏んで歩くだけでも激痛が走るようになったのです。足の薬指にいたっては、まるでウインナーのように腫れ上がってしまいました。「これは絶対に普通じゃない」と確信しました。私の祖母がかつてリウマチを患い、最終的に10年間寝たきりの生活を送っていた姿を間近で見ていたため、「ついに、私のところにも来たか……!」と直感しました。すぐに市販のロキソニンを飲んで痛みを無理やり緩和させなければ、一歩も歩けないほどの状態になってしまったのです。
先ほど触れたように、私は20代の頃に自己免疫疾患の難病を患っています。それ以来、私の身体は何かあると自己免疫系のトラブルとして症状が出やすい傾向がありました。子供を出産したときの不調を最後に、ここ17年間はとても落ち着いていたのですが、忘れた頃にまたやってきたのです。
これまで経験してきた自己免疫の病気は、幸か悲しか「痛み」を伴わないものばかりでした。しかし、今回のリウマチは違いました。激しい「痛み」があったのです。私には信頼できる主治医がいたため、すぐに連絡をして詳しい検査をしてもらったのが、解剖学コースが始まる1週間前のことでした。主治医の先生は「これまでずっと良い状態をキープしていて、何の兆候もなかったのに……」と、自分のことのように本当に残念そうな顔をされていました。その時、私の痛みはすでにピークに達しており、毎日朝と晩にロキソニンを2錠ずつ飲んで耐えている状態でした。
どうしてもhesoの解剖学コースに参加したかった私は、主治医に必死で直訴しました。「座学が中心であること」、そして「講師のジャクイン先生は理学療法士の国家資格を持ったプロフェッショナルであること」を丁寧に説明し、なんとか先生を説得して、参加の許可を得ることができたのです。
しかし、実際の解剖学コースの6日目は、本当に歩くことすらできないほどの猛烈な痛みに襲われていました。ロキソニンを3錠服用し、スマートフォンで「8時間タイマー」をセットして、薬の効果が絶対に切れないようにコントロールしながら席に座っていました。確かその6日目は、周りのみんなのように身体を動かす実技をすることは一切あきらめ、見学に徹しました。スタジオの「キャデラック(ピラティスマシン)」の上に座らせてもらい、足の裏が床につかないように浮かせることで、足にかかる負荷を逃がしてもらっていました。
正直に言います。本当に、本当につらかったです。
リウマチの痛みが牙をむく恐怖、そして「この先、私の身体は一体どうなってしまうんだろう?」という絶望感。解剖学が終わった後、まだ2つの実技(マットとリフォーマー養成コース)が控えているのに、自分は本当に実技ができるのだろうかという不安。あらゆる感情が押し寄せていました。だからこそ、そんな満身創痍の状態でありながらも、なんとか無事に解剖学コースを修了できたときは、心から嬉しかったです。
ドクターストップと「居場所」を失う恐怖
解剖学コースを終えられた直後、正式な診断が下りたのですね。その時の不安や、養成コースを継続するかどうかの葛藤について教えてください。
彩さん:リウマチの正式な確定診断が出たのは、解剖学コースが修了したまさに翌日のことでした。
医師から告げられた結果は、「やっぱりリウマチです」という言葉。しかも、血液検査におけるリウマチの抗体値は、正常値の【約80倍】という恐ろしい数値を叩き出していました。当然、ドクターからは即座に「ヨガ・ピラティスは一切禁止」という、非情なドクターストップがかかりました。
その瞬間、頭が真っ白になり、「まただ……!」という悔しさが込み上げてきました。20代の時もそうでした。私が人生の中で「これだ!」と夢中になりたいものを見つけ、前を向こうとするたびに、いつも病気が私の邪魔をするのです。主人の死という壮絶な悲しみをようやく乗り越えて、55歳にしてやっと前を向いて歩き出そうとした途端にこれです。「神様はなんて意図的に意地悪をするんだろう」と、世界を恨みそうになりました。
最も苦しく、悩み抜いたのは、次のステップであるマット養成コースが始まる3日前でした。
リウマチの治療を開始して1ヶ月が経ち、幸いにも薬が効いて検査結果が少し良くなったため、ドクターからの指示で一時的にドクターストップが「解除」されたのです。「参加してもいいですよ」と。しかし、ドクターは許可を出してくれたものの、決して「いい顔」はしていませんでした。医療従事者として、リスクがあることを懸念しているのが痛いほど伝わってきました。
その診察の様子を、帰宅後に息子に伝えたところ、息子から「それってさ、要するに『自己責任でやりなさい』ってことでしょ?」と言われました。
その言葉が胸に突き刺さり、私は激しく悩みました。ピラティスの学びは、今じゃなくても逃げない。今回は一度延期をして、次回のコースまで待つべきではないか。いや、でもやってみなければ分からないじゃないか。もし、無理をして参加して症状が悪化し、病気をさらに進行させてしまったら……?もし、手足の変形が進んで、普通の生活すら送れなくなってしまったらどうしよう?(実際、その少し前には手の痛みのせいで、車の運転すらできなくなっていた時期があったのです)。
マットコースが始まるまでの3日間、文字通りずっとそのことばかりを考え、悩み続けました。あまりの苦しさに、「いっそのこと、ドクターストップがかかったままの状態でいてくれた方が、諦めがついてどれだけ楽だっただろう」とすら思うほどでした。
しかし、悩み抜いた末に、私は自分自身と次のような「約束」を交わし、参加を決意したのです。
- 「10割を目指さず、まずは6割の力で参加してみよう」
- 「動いてみて少しでも痛みが出たら、プライドを捨ててすぐに見学に回ろう」
- 「どうしても痛みがひどくなったら、コースを欠席する勇気を持とう」
- 「最悪、最後までできなくて修了書が貰えなくてもいいや!」
ここまでの覚悟を決めて、ようやくスタジオのドアを開けることができました。いつでも「引く勇気」を持とう、と。
ちなみに、私の決断に対して、周囲の家族や仲間は「いいじゃん、やりなよ!」とも「危ないからやめときな!」とも、誰も言いませんでした。それは私がみんなに、「もし途中で本当に無理だと思ったら、私にはそこでやめる勇気があるから大丈夫」と伝えていたからだと思います。私の覚悟を、周りも静かに信じて見守ってくれていました。こうして、私の挑戦となる8日間のマット養成コースが始まりました。
マット養成コース期間中の変化:身体の回復コントロールと、涙の理由
想像を絶する覚悟で臨まれた8日間のマット養成コース。期間中、身体の症状や向き合い方にはどのような変化がありました。また、印象に残っている出来事はありますか?
彩さん:養成コースの第1日目は、座学の講義でした。そのスケジュールを見たとき、私は心の底から「ちょっぴりホッとした」のを覚えています。身体を激しく動かさずに済むため、「よし、これで丸1日分、体力を稼げたぞ」と思ったのです。実はコース期間中、私は毎日頭の中で「あと7日……あと6日……」と、無事に終えるための逆算をしていました。
2日目になり、初めて本格的な実技(身体を動かすワーク)が始まりました。この日は奇跡的に痛みも出ず、すべてのメニューをこなすことができたため、コース終了後に居残りで開催された1時間の自主練習にも思い切って参加しました。みんなと一緒に、実技の復習やティーチング(指導法)の練習をして、充実感に満たされていました。
しかし、試練はすぐにやってきました。3日目の夜、右手首に突発的な激痛が走ったのです。痛みのレベルは、MAXを10とすると「5」。「ヤバい、これは本当にマズい……」と、一気に焦りが込み上げました。右手だったため、文字通りペンを持つことすらできません。私はその夜、出されていた宿題をやることも完全に諦め、手首に湿布をベタベタと貼り、悔しさと恐怖のあまり布団を被って「ふて寝」をしました。
幸いなことに、3時間ほど眠ると痛みが「3」くらいまでに落ち着いてくれました。そこで夜中の23時から起き上がり、遅れて宿題を終わらせ、翌朝、4日目の朝には痛みが「1.5」にまで下がった状態で養成コースに向かいました。
スタジオに着いてすぐ、私はジャクイン先生に昨夜の手首の状況をありのまま報告しました。すると先生は、四つばいの姿勢になるエクササイズの際、そっと私に「アークバレル」を渡してくれたのです。そして、手首に負担がかからないように手をつくべき場所を、優しく教えてくれました。手首の角度が適切に保たれ、体重がダイレクトに掛かりにくくなったおかげで、実技を「軽減法(負荷を減らしたやり方)」で安全に行うことができました。不快な痛みは全くありませんでした。ただ、手首を完全に床について行うプッシュアップ(腕立て伏せ)の種目だけは、自分の身体を守るために勇気を持って見学に回りました。

次の日はコースのお休み(休養日)だったこともあり、適切な配慮のおかげで手首の痛みは完全に「ゼロ」に戻ってくれました。
この経験を経て、私は自宅での実技練習をあえて一切行わないことに決めました。5時間という長時間の養成コースにしっかりと参加し、その本番の中で安全に実技を行うためには、コース以外の時間はすべて「身体を回復させるための時間」に充てるべきだと判断したからです。「身体を徹底的に休める=回復コントロール」を、何よりも最優先にしました。
そのため、養成コースが終わった後にみんなが残って行う自主練習も、本当は参加したくて後ろ髪を引かれる思いでしたが、ぐっと我慢して見学だけに留めたり、誰よりも早く「お先に失礼します」と帰宅したりしました。みんなが熱心に練習している中で、自分だけ先に帰るという「一歩引く勇気」を持つこと。これには本当にたくさんのエネルギーを使いました。でも、この「一歩引く、休む勇気」は、私が20代の時に難病を患った経験の中で身につけた、生き抜くための知恵でもありました。
その後も、コース期間中に肩や足首に「10段階中の2」くらいの軽い痛みが出ることはありましたが、実技に大きな配慮が必要なほど悪化することはありませんでした。そして最終日の8日目には、かつて見学していたプッシュアップも、しっかりと練習に参加できるようになっていたのです。
こうして、私はマット養成コースを無事に、最後までやり遂げて修了することができました。本当に、本当に嬉しかったです。
……でも。実は、私がこの8日間の中で「一番嬉しかったこと」は、無事にコースを修了できたことそのものではなかったのです。
実は、8日間のマット養成講座を受講している間、私が心の奥底で一番不安に思い、恐れていたことは、「実技がちゃんとできるか?」でもなければ、「最後まで参加できるか?修了書が貰えるか?」でもありませんでした。自分でも、この8日間がすべて終わる瞬間まで、ハッキリとは気付いていなかったのですが……。
私が一番恐れて、不安でたまらなかったのは、「ここに、私の居場所はあるのだろうか?」ということでした。
リウマチを発症したばかりの私には、自分の身体であっても「何をしたら、どこの関節に、どれくらいの痛みが走るのか」が全く予測できませんでした。実技ができるかも分からない。負荷を軽減してもらったとしても、それすら満足にできないかもしれない。そんな不確定要素だらけの人間が、ピラティスのインストラクター養成コースという、実技を学びに来る場所に交ざって、一体何を学ぶの?周りの受講生から「何しに来たの?」と思われていないだろうか。みんなの熱量や進行を妨げてしまう、迷惑な存在なんじゃないだろうか……。ずっと、そんな恐怖を抱えていたのです。
事実、私は20代の時に難病になった際、周囲からの理解を得られず、自分の大切な「居場所」や「仕事」を失いかけた過去があります。当時はまだ23歳と若かったこともあり、周囲から「辞めてほしい」と直接言われたり、迷惑がられたりして、悔しくて悔しくて、毎日のように物陰に隠れて泣いていました。私の脳は、その時の辛い経験を今でもハッキリと記憶していたのです。だからこそ、無意識のうちに「また傷つけられるかもしれない」と激しい防御態勢に入っていました。私は、「講師であるジャクイン先生が、リウマチである私のことを本当はどう思っているのか」を、おそらく一番気に病んでいたのだと思います。
けれど、3日目以降に私が「手首に痛みが出た」と報告した後も、ジャクイン先生の態度は何一つ変わりませんでした。
私を腫れ物のように特別扱いするわけでもなければ、かと言って迷惑そうにするわけでもない。たださりげなく、ごく当たり前のこととして、すっとアークバレルを差し出してくれる。みんなのスタートポジション(骨盤や背骨の位置)を等しく修正して回るのと同じように、私のバレルにつく手の位置をトントンと修正し、「よし、エクササイズを始めよう」と促してくれる。
ジャクイン先生にとっては、それは講師として「当たり前」の行動だったのかもしれません。でも、過去に傷を負った私にとっては、それは言葉にできないほど、ものすごく、もの凄く救われる出来事だったのです。
私は20代の頃に身体を壊して以来、「周囲に迷惑をかけないように」「辞めろと言われないように」と、自分の居場所や仕事を失わないために、常に人一倍「優秀であること」を目指して努力し続けてきました。それしか自分を守る方法を知らなかったからです。20代で身につけたその防御方法(生き抜く知恵)のまま、私は55歳になってもずっと生きてきました。
しかし、最終日にジャクイン先生から手渡された「プログレスシート(受講評価シート)」を読んだとき、涙が止まらなくなりました。先生からしてみれば、きっと特別なことは書いていなかったのかもしれません。でも、そこに書かれていた言葉の端々から、「あぁ、先生は私のことを、一人の受講生として、ちゃんと真っ直ぐに見ていてくれたんだ」ということが痛いほど伝わってきたのです。
ドクターストップがかかり、2ヶ月もの間、ピラティスはおろか何の運動もできず、すっかり自信を失いかけていた私の中に、もう一度小さな自信をそっと取り戻させてくれるような内容でした。シートを読みながら、一人で涙がポロポロと溢れてきてしまい、本当に恥ずかしかったです。その時は、自分がなぜこれほど涙を流しているのか、すぐには理由が分かりませんでした。
でも、後になって気づいたのです。
10割じゃなく、6割の満身創痍の状態で臨んだ養成コース。人より優秀でいなくても、みんなと同じようにできなくても、見学するエクササイズがいくつあったとしても、私は「そのままでそこにいていい」のだと、誰も私の居場所を取り上げたりしないのだと、ジャクイン先生が当たり前のようにその空間を示してくれていたことに気づいたのです。
ジャクイン先生は、出会った解剖学コースの時から、最後の瞬間まで、本当にずっと変わらないままでした。リウマチを抱える私のことを、他の健常者のみんなと全く同じ「一人の大切な受講生」として、ずっと、ずっと扱い続けてくれていたのです。
マット養成コース修了後の変化:クライアントの「不安」に寄り添う指導
コース修了後、彩さんご自身の身体に対する考え方や、インストラクターとしてのクライアントへの接し方に、どのような変化がありましたか?
彩さん:私のこれまでの闘病経験から確信していることですが、病気というのは「発症の初期段階でいかに早く病勢を抑え込むか」が最も重要です(20代の難病のときも、徹底的な初期管理ができたからこそ、寛解までたどり着くことができたと思っています)。
そして、これは「身体の痛み」に関しても全く同じことが言えます。
違和感、痛み、あるいは「これを動かしたら痛むんじゃないか」という恐怖心。それらのシグナルが、身体のどこから、どのタイミングで出てくるかは分かりません。リウマチを経験したことで、私はこのシグナルに対して、自分自身の身体に対しても、そして目の前にいるクライアントさんに対しても、ものすごく敏感になりました。
今、スタジオのレッスンでは、クライアントさんの表情や「目」を本当によく観察するようになりました。人間の不安や恐れというのは、目元や、ふとした言動にとても現れやすいからです。エクササイズ中、細かくキューイング(声掛け)をしながら、「今、痛くないですか?」と頻繁に確認するようになりました。
運動に恐怖心がある方が、「怖いから、このエクササイズはやりたくないです」と自分から自発的に言えるようになるまでには、かなりの信頼関係と時間がかかります。だからこそ、私の方から丁寧に「いつでも、途中でやめていいんですよ」「パスしてもいいんだよ」というメッセージを、言葉と姿勢でしっかりと伝えるようにしています。だって、私自身が怖いときはすぐにやめる人間ですから(お互い様です、笑)。

それから、指導のスタイルとして、解剖学コースの時からジャクイン先生がよく口にしていたことをそのまま真似するようになりました。先生の口癖である「いい感じ!」も、そっくりそのまま拝借しています(笑)。この声掛けを続けていたら、クライアントさんから「彩先生は本当に褒め上手ですね!」と言っていただけるようになりました(笑)。
私はジャクイン先生が私にしてくれたように、そして解剖学で深く学んだように、「人間の身体はみんな一人ひとり全く違うのだ」という前提に立って、クライアントさん全員の姿勢、アライメント、そして呼吸を丁寧に観察するようになりました。
関節の可動域も、みんな違います。そして同じ人であっても、日によって身体の状態は全く異なります。「なぜ、このクライアントさんは今、このような動きの癖や姿勢になっているのだろう?」と、常に背景を考えるようになりました。何をどのように修正すれば身体の余計な力みが抜け、本来働いてほしい深層の筋肉(インナーマッスル)たちが目覚めてくれるのか、毎日現場で見ながら必死に勉強を続けている最中です。
身体に痛みや不調を抱えているとき、人間の脳は、防衛本能から「さらなる安全(安心)」を激しく求めてきます。実際、私自身もコース後に「この苦手な動き、本当に大丈夫かな?痛みがでないかな?」と強い不安を抱えたままエクササイズを行ってしまったとき、そのわずか2時間後に、脳の不安に反応するかのようにその場所がすぐに痛くなってしまった経験があります。身体と脳がダイレクトに反応し合っていることが、自分の身を持ってよく分かるのです。
だからこそ、指導において私が最も優先しているのは、まずは「本人が抱えている不安や恐怖心をきれいに取り除いてあげること」です。
焦る必要はどこにもありません。時間はたっぷりとあります。焦らずに、1つずつ、1ミリずつ、「うわー!できた!」という成功体験を積み重ねていって、クライアントさん自身が「もっとやってみたい!」と思えるところまで連れていってあげたい。一人ひとりの人生に深く寄り添いながら、「この先生は、私の身体にずっと伴走してくれている」と思ってもらえるような、そんなインストラクターでありたいと思っています。
リウマチを経験したからこそ得られた、インストラクターとしての強みと未来
リウマチという大きな経験を経て、彩さんがインストラクターとして、また一人の女性として得たもの、そして今後挑戦したいことについて教えてください。
彩さん:今まで本当にたくさんの病気を経験してきましたが、実は「激しい痛み」を伴う病気にかかったのは、今回のリウマチが初めてでした。経験してみて分かりましたが、慢性的な痛みというのは本当に、本当につらいものです。
たとえ同じ生活制限(行動の制限)がかかるとしても、「痛みを伴うか伴わないか」によって、精神的なストレスの度合いは天と地ほど違います。痛みがあるときはもちろん、今は痛みが引いているという時でさえ、「またあの痛みが襲ってくるのではないか」という恐怖が常に心を蝕むからです。
私は20代で難病になったとき、自分の人生がどうなるか分からない恐怖から、最初にしたことは「大好きな車を全額キャッシュで買うこと」でした。いつ仕事を奪われるか分からないから、ローンなんて怖くて組めなかったのです。また、当時の病気は感染症にかかることが一番怖かったため、自分だけの安全な空間を確保して出かけられる移動手段として、どうしても車が必要でした。とにかく車を運転して、自分の空間であちこちへ出かけることが、当時の私の生きる楽しみでした。
しかし今、リウマチという病気は、その大切な楽しみを一度私から奪いました。なぜなら、長い時間運転をすると、その後に手足に激痛が襲ってくるようになってしまったからです。たとえその時の痛みが治まっていたとしても、「もし遠出して、途中で渋滞に巻き込まれたらどうしよう?手足が固まって動かなくなったら……」と不安になり、どうしても遠出を躊躇してしまう。生きる楽しみが、確かに減ってしまいました。
ですが、私はまだリウマチを発症して日は浅いものの、これまでの人生で培ってきた「55歳の知恵」を持っています。
ひとつの楽しみが減ってしまったのなら、それに執着し続けるのではなく、別の新しい楽しみを自分で探せばいい。ただそれだけのことかもしれない、と思える強さが今の私にはあります。
これは、ピラティスのエクササイズ(練習)に対しても同じことが言えます。少し前の私は、自分が「できない動き」ばかりを躍起になって練習していました。「できないことができるようになること、上手くなることこそが正しい形であり、良いことだ」と思い込んでいたからです。また、みんなの前でできない姿を晒すのは恥ずかしいことだとか、悪いことのようにも思いがちでした。
でも、解剖学を学び、人間の身体はみんな違うという原点に立ち返った今、「苦手な動きがあっても、別にいいじゃない」と思えるようになりました。いつかその苦手が、気がついたときに「まぁ〜まぁ〜できるレベル」になっていれば、それで万々歳なのです。
だからこそ、スタジオのクライアントさんが「先生、ここを動かすと痛いです」「やるのが怖いです」とおっしゃったときは、すぐに笑顔で「じゃあ、今はやめておきましょう!」とお伝えしています。「大丈夫、身体が変わっていけば、いつか自然にできるようになりますから」と。
私は、痛みを抱えて不安そうなクライアントさんには、あえて自分から「実は、私もリウマチなんですよ!」とオープンに告白してしまいます。
その上で、「あの辛い痛みの時期に逆戻りしないために、まずは自分の身体の仕組みをよく知って、日々のデータを集めましょう。私と一緒に、自分の身体を健やかに保つ『回復コントロールの達人』になりましょう!」とお話ししています。そうお伝えすると、クライアントさんの表情がパッと明るくなるのです。
私は過去に難病を寛解させた成功体験があります。自分の病状を冷静に分析し、身体のデータを自分の引き出しの中でしっかりと管理しているからこそ、ドクターに治療を丸投げするようなことはしません。今回のリウマチの発症においても、私は信頼できるドクターとガッチリと二人三脚を組みながら、自分の人生の可能性と選択肢の幅を、これからも自力でキープしていくつもりです。
ピラティスの実技においても、解剖学においても、そしてインストラクターとしての技量においても。何より、自分自身の健康とこれからの人生においても。昨日の自分より、1ミリでも楽しく成長していきたい。何をするにも、「楽しく!!」取り組むことが、今の私にとっては一番大切なことです(笑)。
現在、リウマチやその他の病気と向き合っている方へのメッセージ
最後に、現在リウマチをはじめとする様々な病気や不調と向き合いながら、一歩を踏み出そうとしている方へメッセージをお願いします。
彩さん:私もリウマチと診断されてまだ数ヶ月の身ですので、自分の身体をどのようにコントロールしていくべきか、日々試行錯誤しながら学んでいる最中の一人の患者に過ぎません。ただ、これまでに数々の大きな病気を経験し、それを乗り越えてきた先輩として、今苦しんでいる方にこれだけは確信を持って言えるメッセージがあります。
それは、「病気を怖がってはいけない、病気を知らなくてはいけない、そして、病気を嫌ってはいけない」ということです。
発症してしまった以上、その病気はもう他者ではなく、「自分自身の一部」なのです。だからこそ、敵として排除しようとするのではなく、生涯を共にする相棒として、仲良く付き合っていく必要があります。
もし、あなたに「これから先、やりたいことがたくさんある!」という強い想いがあるのなら、病気が身体の中で暴れ出さないように、静かに眠ってもらう必要があります。そのためには、自分の一部であるその病気を決して嫌うことなく、まずは「正しく知ってあげること」から始めてみてください。
「どうすれば、この病気は身体の中で静かにしていてくれるのだろう?」
そうやって、自分の病気や身体の声を丁寧に聴き、常に対話を重ねながら、動き出さないように優しく見守ってあげる。そして、自分が大好きなことややりたいことに対して、いつでも「6割の力」で、心地よく進めていきましょう。
そして、ピラティスという運動に興味を持ってくださっている方へ。
先ほどお伝えした通り、hesoのジャクイン先生は、リウマチの私を腫れ物扱いすることなく、ごく当たり前のこととして他のみんなと同じように扱ってくれました。それは決して、冷たい意味での「特別扱いをしない」ということではありません。
一人ひとり姿勢も、筋力も、関節の可動域も、すべてが初めから違っていると考えるピラティスの世界では、そもそも「健常者」とか「リウマチを患っている人」というような、大雑把な線引きそのものをしないのです。
「全員が最初から違っているのだから、もし線を引くのであれば、全員の間に等しく線を引くべきだ」ーーピラティスには、そんな優しくてフラットな思想が根底にあるのかもしれません。でも、私はhesoで確かにその温かさを感じました。
ですから、もし「やってみたいけれど、病気があるから……」と迷われているなら、まずは信頼できるドクターに相談してみてください。

ドクターから「どの程度までの動きなら動かしてOKか」という身体の安全基準を確認し、主治医と一緒に「自分だけの身体のカルテ」を、自分自身の力で作るつもりがあるのであれば、ピラティスはあなたのこれからの人生の可能性や喜び、そして生きる楽しみを、どこまでも広げてくれる素晴らしいツールになってくれるはずです。
本当に、素敵な世界だと思います。ピラティスって。
編集後記(Jacquinより)
3回にわたってお届けしてきた「リウマチとピラティス」のシリーズ、いかがでしたでしょうか。
彩さんが語ってくれた「優秀でなくても、10割できなくても、そのままでそこにいていい場所」という言葉は、私たちheso academyが最も大切にしている理念そのものです。ピラティスは、一部の身体が強い人のためだけのものではありません。むしろ、病気や痛みを抱え、自分の身体との付き合い方に悩んでいる人にこそ、その真価を発揮する「解剖学に基づいたライフワーク」です。
実際、彩さんのストーリーは本当に素晴らしい経験であり、私たちにとっても大きな財産です。IMP(マット養成コース)が修了したある日のこと、彩さんからとても嬉しい報告をいただきました。ご自身の身体がとても元気であること、そして実際の現場でリウマチを抱えるクライアントさんに指導したところ、ものすごく良い反応があったこと。私はこの素晴らしい奇跡と感動をどうしても皆様にシェアしたいと思い、彩さんが紡いでくれた詳しくリアルな内容を、今回は一切削ることなくすべて掲載いたしました。
皆様に一番知ってほしいのは、「身体に病気があるから」といって決して諦める必要はない、ということです。諦めるのではなく、今のあなたにできることは本当にたくさんあります。もちろん、襲ってくる恐怖などの感情や、その病気とどうやって付き合っていくかという葛藤は、最終的には自分自身にしか分からない領域かもしれません。

しかし彩さんが、ご自身の痛みを経験したからこそ、今では誰よりもクライアントの不安な「目」に気づき、優しく「いい感じ!」と声をかけられる唯一無二の素晴らしいインストラクターになられたように、病や不調は決して人生のゴールではなく、新しい未来の扉を開く鍵になり得るのです。
いま、画面の向こうでリウマチや様々な不調、痛みに悩まされているあなたへ。 あなたのペースで、あなたの身体のままで、未来への1ミリを一緒に踏み出してみませんか?
連載へのご感想や、heso academyの解剖学・インストラクター養成コースへのご質問がございましたら、いつでもお気軽にお問い合わせください。皆さまとお会いできる日を、心より楽しみにしております。
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