「妊娠中に動いていいの?」その不安に、エビデンスから答えます
こんにちは。西宮/東京港区にあるマシンピラティス専門スタジオ「heso pilates」でインストラクターをしているJacquinです。
理学療法士(PT)として、またピラティスのインストラクタートレーナーとして、妊娠中の方からよくこんな声を聞きます。「赤ちゃんのために、安静にしていた方がいいですよね?」
この問いに、いまの医学はかなりはっきりした答えを持っています。この記事では、マタニティピラティスとは何かを整理しながら、ACOG(米国産科婦人科学会)のガイドラインと、ピラティスに関する研究を交えて、「妊娠中の運動で本当に知っておくべきこと」をお伝えします。
マタニティピラティスとは
マタニティピラティスとは、妊娠期の身体の変化に合わせて、エクササイズの内容・強度・姿勢を調整したピラティスのことです。
妊娠が進むと、お腹の重みで姿勢が変わり、腰や骨盤まわりに負担が集中します。ホルモンの影響で関節がゆるみ、体幹(コア)と骨盤底の支える力も変化します。マタニティピラティスは、こうした変化に「対抗する」のではなく、変化に合わせて身体を整え、呼吸・体幹・骨盤底を無理なく働かせることを目的にします。
激しく追い込む運動ではありません。むしろ、いまの身体が安全に動ける範囲を見極めながら、土台を保つための運動です。

「妊娠中の運動」は、むしろ推奨されている ── ACOGの見解
まず大前提から。ACOG(米国産科婦人科学会)は、医学的・産科的な禁忌がない限り、妊娠中の運動は安全であり、むしろ推奨されるという立場を明確にしています(Committee Opinion No.804, 2020年)。
具体的な推奨はこうです。
- 週に合計150分の中強度の有酸素運動を、数日に分けて行う(1回20〜30分を週のほとんどの日に、など)
- 「中強度」の目安はトークテスト。運動しながら会話はできるが、歌うのは難しいくらい
- 心拍数の上限を一律に設ける必要はなく、自覚的なきつさ(ボルグ指数で13〜14=「ややきつい」)で調整するのが現実的
そして、運動の利点として、妊娠糖尿病・妊娠高血圧腎症(妊娠中毒症)・過剰な体重増加・帝王切開や器械分娩・産後うつのリスク低下などが報告されています。気分や睡眠の安定、腰背部の不調の軽減につながることもあります。「安静が安全」という思い込みとは、むしろ逆なのです。
なお、これまで運動習慣がなかった方も、妊娠を機に始めて構いません。その場合は、1日5分ほどのごく短い時間から始め、体調を見ながら少しずつ増やし、最終的に「1回20〜30分・週のほとんどの日」を目標にしていく、という進め方が勧められています。最初から頑張りすぎないことが、続けられる秘訣です。
ただし、これは「健康で合併症のない妊娠」が前提です。運動を始める前に、必ずかかりつけの産科医に相談することが大切です。
なぜピラティスが妊娠期に向いているのか
ピラティスは、妊娠中の運動として相性のいい特徴をいくつも持っています。
第一に、低衝撃(ローインパクト)であること。跳ねたり走ったりせず、関節への衝撃が少ない。妊娠中はホルモンの影響で関節がゆるみやすいため、この点は大きな利点です。
第二に、体幹と骨盤底へのアプローチ。ピラティスは、お腹の深層と骨盤底を、呼吸と連動させて使うエクササイズです。妊娠・出産で最も負担がかかる部分を、ていねいに扱えます。
第三に、呼吸の練習。ピラティスの呼吸は、横隔膜と体幹を協調させて使います。これは出産時の呼吸やいきみのコントロールにもつながると考えられています。
第四に、姿勢とバランス。重心が前に移っていく妊娠期の身体を、安定させる助けになります。
そして何より、一人ひとりに合わせて調整できること。マシンや小道具で支えをつくれるので、「いまの身体にできる動き」を安全に選べます。これは、妊娠期の運動でいちばん大事な性質です。
加えて、妊娠中〜産後に多くの方が直面する腹直筋離開(お腹の正中で左右の腹筋が離れる状態)や、妊娠に伴う腰痛にも、体幹をていねいに扱うアプローチは関わりがあります。実際、妊娠中の身体活動量が多い人ほど腰痛が少ない傾向も報告されています。お腹を強く硬く締め上げるのではなく、深層を呼吸とともにやさしく働かせる──ピラティスのこの使い方が、変化していくお腹と相性がいいのです。
研究は何を示しているか
ピラティスと妊娠については、近年いくつかの研究が出ています。代表的なものを紹介します。
出産経過への影響(RCT) 初産婦110名を対象にしたランダム化比較試験(Ghandaliら, BMC Pregnancy and Childbirth, 2021)では、妊娠26〜28週から8週間ピラティスを行ったグループで、陣痛の痛みが軽減し、分娩の活動期・第2期が短くなり、総分娩時間も短縮、出産満足度も高まったと報告されています。一方で、会陰切開・分娩様式・新生児のアプガースコアには有意差はなく、母児への合併症も見られませんでした。
分娩時間・尿失禁への影響(RCT) 別のランダム化比較試験(2024年)では、初産婦126名が週2回・8週間のマタニティピラティスを行い、体重増加が少なく、経腟分娩の割合が高く、分娩時間も対照群より大きく短縮したと報告されています。
全体の傾向(系統的レビュー・メタ分析) 複数のRCTをまとめた2024年のメタ分析でも、妊娠中のピラティスは分娩時間の短縮に有効である可能性が示されています。
ただし、ここは正直にお伝えします。これらの研究の多くは、比較的少人数で、健康な低リスクの初産婦を対象とし、指導者のもとで行われたプログラムです。結果は有望ですが、「誰にでも必ず効く」と断言できる段階ではなく、より大規模な研究が必要だと研究者自身も述べています。エビデンスは「妊娠中のピラティスは安全に行え、出産経過に良い影響が期待できる」という方向を示している──このくらいの温度感で受け取るのが正確です。
安全に行うために ── 始める前と、続ける間
始める前に:必ず医師の確認を
前置胎盤、子宮頸管無力症、切迫早産や早産歴、妊娠高血圧腎症、多胎妊娠、持続する出血、重度の貧血や心疾患など、運動が制限・禁忌となる状態があります。これらは自己判断できません。始める前に、必ずかかりつけの産科医に相談してください。
運動を中止すべき警告サイン(ACOG)
運動中に次のサインが出たら、ただちに中止して医師に連絡してください。我慢して続けてはいけません。
- 性器出血
- 腹痛
- 規則的で痛みのある子宮収縮(陣痛様)
- 羊水の漏れ
- 運動前からの息切れ
- めまい・立ちくらみ
- 頭痛
- 胸の痛み
- ふくらはぎの痛みや腫れ
妊娠中ならではの注意点
ACOGが挙げる注意点のうち、ピラティスに関係が深いものは次のとおりです。
- 仰向け(あお向け)で長時間動かないのは避ける。妊娠中期以降は、大きくなった子宮が血管を圧迫し、血圧が下がることがあります。マタニティピラティスでは、仰向けの動きを横向きや上体を起こした姿勢に置き換えます。
- 息を止めない(バルサルバを避ける)。力むときは息を吐きながら。
- 暑さ・脱水を避ける。特に妊娠初期。涼しい環境で、こまめに水分を。
- 転倒・バランスを崩す動きを避ける。重心が変わるぶん、安定した支えのある環境で行う。
妊娠の時期に合わせて
妊娠期は、週数によって身体が大きく変わります。マタニティピラティスも、その変化に合わせて中身を変えていきます。
妊娠初期(〜15週ごろ) つわりや疲れやすさが出やすい時期です。多くの方は、それまでの運動習慣を(医師の確認のうえで)続けられますが、無理は禁物。暑さと脱水を特に避け、体調の波に合わせて量を減らす日があってかまいません。これから運動を始める方は、ごく短い時間から少しずつ。
妊娠中期(16〜27週ごろ) 体調が安定し、お腹もまだ大きすぎない、いちばん動きやすい時期です。多くの研究が運動を始める時期としているのもこの頃です。ただし、この時期から仰向けで長く動かない姿勢は避けるようにし、横向きや上体を起こした姿勢へ置き換えていきます。
妊娠後期(28週〜) お腹が大きくなり、重心とバランスが大きく変わります。転倒に注意し、支えを増やし、動きの範囲を控えめに。呼吸や骨盤底の練習、姿勢を整える動きが中心になります。出産が近づくほど、「鍛える」より「整える・備える」へと比重が移ります。
どの時期も共通するのは、その日の身体の声を最優先にすること。「予定どおりにこなす」より「今日はここまで」を選べることが、安全に続けるコツです。
heso での考え方
heso では、妊娠中の方には「頑張らせる」のではなく、「いまの身体が安心して動ける範囲」を一緒に見つけることを大切にしています。お腹の大きさも、体調も、週数によって変わります。その日の身体に合わせて、支えを足したり、動きを置き換えたりしながら、無理のない形で続けられるようご案内します。
理学療法士の視点から、お一人おひとりの状態(腰や骨盤の負担、左右差、呼吸のクセなど)を見て、安全を最優先に組み立てます。
産後も、続ける意味があります
ACOGは、運動を産後にも勧めています。産後の運動は、気分の改善や、産後に起こりやすい深部静脈血栓症(DVT)のリスク低下、回復の後押しなどにつながると報告されています。
ただし、再開のタイミングと内容は人それぞれで、出産の経過(経腟分娩か帝王切開か、合併症の有無など)によって大きく変わります。骨盤底や腹部はダメージから回復する途中なので、必ず産後健診で医師の確認をとってから、ゆっくり戻していきます。妊娠中に呼吸・体幹・骨盤底を整えておくことは、この産後の回復にも生きてきます。
まずは、安心できる環境で
妊娠中の運動は、正しく行えば、あなたと赤ちゃんの健康を支えてくれます。でも、自己流で不安なまま動くより、産科医の確認をとったうえで、専門家のいる環境で始めるのがいちばん安心です。
「私の場合は大丈夫?」という疑問も含めて、気になることがあれば、遠慮なくご相談ください。あなたのいまの身体に合わせて、ていねいにご案内します。
ご注意:この記事は一般的な情報提供を目的としたもので、医学的アドバイスや診断に代わるものではありません。妊娠中の運動の可否やその内容は、必ずかかりつけの産科医・助産師にご相談ください。
参考:
- ACOG Committee Opinion No.804「Physical Activity and Exercise During Pregnancy and the Postpartum Period」(Obstetrics & Gynecology, 2020)
- Ghandali ら「The effectiveness of a Pilates exercise program during pregnancy on childbirth outcomes: a randomised controlled clinical trial」(BMC Pregnancy and Childbirth, 2021)
- マタニティピラティスと分娩時間・尿失禁に関するランダム化比較試験(2024)
- ピラティスと分娩時間に関する系統的レビュー・メタ分析(2024)



